輸送中 (妖精配給会社、新潮文庫)


 それは突然、しかも静かに出現した。理由や予告めいたものさえ、なかった。

 ある日休日の午後、エフ氏はぼんやりと庭を眺めていた。本でも読むかと、一冊を持って戻ってきた時、それは目の前に出現していた。

 銀色をした楕円形の物体が、庭の中央にある。大きさは道路を走るバスに匹敵した。超特大のタマゴといった感じだった。

 エフ氏は、あたりを見まわした。だれかが投げこんだのかと、考えたのだ。しかし、それにしては大きすぎる。何人集まっても、とても塀ごしにほうりこめるはずがない。地中からわき出たようにも思えた。だが、まわりの芝生は少しも乱れていないし、その物体は泥まみれではなかった。

 あるいは、人工衛星の一種かもしれない。空中から落下してきなのだろう。エフ氏はついに、こう判断した。しかし、それだったら、地ひびきぐらい立てたっていいはずだ。彼は近より、おそるおそる指で触れてみた。幻覚のたぐいかと考えたのだ。しかし、それは実在のものだった。

 耳をおしつけてみると、中でかすかな音がしていた。機械的な音だ。また、人の声らしいものも聞こえた。彼の好奇心は高まる一方だったが、手のつけようがない。どこに出入り口があるのやら、見当がつかない。まわりを歩きまわるだけだった。

 しかし、まもなく、その期待は果された。一部分に四角な穴があき、ひとりの人物が出てきたのだ。やはり銀色に輝く服を、スマートに身につけた男だった。そしてエフ氏におかまいなく、物体を軽くたたいたり、なでたりしはじめた。点検をしているらしかった。

 ひとの庭に不意に変なものを持ちこみ、そのうえ主人を無視した行動をするとは、失礼きまわる話しだったが、エフ氏は怒らなかった。好奇心の方が、はるかに強かったのだ。彼は思わず口にした。「なんです、これは」

 だが、相手はそしらぬ顔で、点検めいた作業を続けた。なにか、よほど重要なものらしい。秘密兵器かもしれない。へたに関心を示し質問をして、あとで罰せられでもしたら割にあわないぞ。しかし、それにしてもなんだろう……。

 エフ氏は頭のなかで、熱心に考えた。すると、頭の中に答えがあらわれてきた。
「うるさいな。なんでもいいだろう」
 エフ氏は驚いたが、その内、ははあ、以前なにかで読んだ、言葉を使わずに意思を伝える方法、てれぱしーというのはこれだな、とうなずいた。そこで、もう1度質問を念じてみた。
「なんなのです、これは」

 すると頭の中に、またも返事が伝わってきた。
「話し相手になって、ぐずぐずしている場合ではない。早く帰らなければ、ならないのだ。しかし、答えなければ質問をやめないだろうから、教えてやる。これはタイムマシンだ」

 エフ氏は、あっけにとられ、あらためて感心した。それなら、突然の出現もなっとくできる。彼は頭のなかでつぶやいた。
「そうだったのか。しかし、こんなものが完成するようになったとは、科学の力もたいしたものだな」
「なにをいう。あなたがたの時代の文明では、これが作れるはずがない」

 こう告げられ、エフ氏はまたうなずいた。タイムマシンなら、時間を自由に移動できる。現代の産物でなくてもいいわけだ。彼は四角な入口から、なかをのぞきこんだ。どうせ構造を理解する事はできないだろうが、なにを積んでいるのかを知りたかったのだ。

 そして、エフ氏は激しくまばたきをした。数人の裸の男が乗っている。もっとも、完全な裸ではなく、ぼろぼろの毛皮のようなものを身にまとっている。そとにいる銀衣の男とは、なんというちがいだろう。

 しかもよく見ると、裸の男たちは手錠のごときものをはめられ、悲しみと恐怖にあふれた表情をしていた。未開の奥地で発見され、自動車に押しこめられた原始人といった感じだった。

 エフ氏は、入口をはなれ、銀衣の男のそばに寄り、質問した。詰問といったほうがよかった。
「なんです、なかの人たちは」
「あぁ、輸送中なんだ。その途中で故障し、今修理中というわけだ」
「輸送中ですって。まるで、品物扱いだ」
「いや、正確にいえば品物ではない。どれいだ」「どれいだと……」

 エフ氏はかっとなった。なんという、ひどいことを。いくら科学の進んだ未来人とはいえ、原始人をはこんで、どれいとしてこき使うとは。あまりにもひどい。彼は文句をつづけた。
「あなたは、自分のやっている事の意味が、分かっているんですか」
「ああ、わかっているとも。だからこそ、こうやって運んでいるんだ」

 相手はあまり悪びれもせず、見なれない器具で修理を急いでいた。エフ氏はさらに興奮した。
「それは、なかの連中は野蛮かもしれない。だが、それを連れ去るのは人道的でない。いったい、あなたには血も涙もないのか……。あ、さてはロボットなのだな、そうだろう」
「いや、ロボットなんかではない。ロボットがあるなら、なにも、どれいを輸送する必要はないだろう」

 しかしエフ氏は、いずれにせよ阻止すべき事態であると判断した。
「タイムマシンを変に動かすと、とんでもない結果になるのを知っています。過去を変えると、未来に影響が及ぶ。あの原始人のなかには、あなたの祖先がいるかもしれないではありませんか」
「こんなとこで説教されるとは、思わなかった……」

 銀衣の男はエフ氏をふりむき、にやにや笑った。エフ氏はたじたじとなり、顔を赤くした。相手にとっては、自動車を今までに見たことも、まして乗ったこともないやつから、交通規制の指示をされるようなものだろう。

 相手は、現にタイムマシンを所有しているのだ。パラドックスに関しては、よく承知している事だろう。

 原始人を運ぶからには、調べた上で未来と関連のない人間を選び出すとか……。しかし、だからといって、文句をおさめる気にはならなかった。
「どうしても、感心した行為とは思えません。自分さえよければ、ほかの時代のものは、どうなってもいいというのですか」
「まあ、見のがしてくれ。やれやれ、やっかいな時代で故障したものだ。この時代では、自分さえよければ……という考え方を、だれも持っていないのか」
 エフ氏は、またも赤くなった。
「そういうわけでは、ありませんが……」
「なんにしろ、どれいが必要なのだ。なんだったら、なかの連中をもとに帰し、この時代でどれいを狩り集めてもいい」
「とんでもない、それは困ります。どんな事情があるのか知らないが、どれいの輸送には、絶対に賛成できません」
「特別な事情がある。背に腹はかえられない、非常の場合なのだ」「というと」

 エフ氏は身を乗りだし、銀衣の相手は答えた。
「人類文明の危機が迫っている。統計をとり、調査し、あらゆる検討を試みた結果、この地球で、このまま生活を続けるべきではないと分かった。人類は、徐々に堕落の道をたどることになる。だから、せっかく文明を築いたものの、もっと環境のいい他の星へ、大挙して移住しなければならないのだ。」
「そうでしたか……」
 エフ氏は顔をしかめた。その統計とやらには、この時代のことも含まれているのだろう。いままで立派そうな口をきいていたのが、恥かしくなった。「そう、そのために、人員が必要なのだ。大量の宇宙船を作らなければならない。あまり悠長なことは、していられないのだ」
「そんなわけが、あったのですか。大問題ですね。考えてみれば、私だって人類が堕落し滅亡してしまうことは、望みません。ほかの星でもかまわないから、永遠に栄え続けてほしいと思います。そのためにどれいを使うのなら、使われる原始人たちも、あきらめてくれるでしょう」
「立場をわかってもらえて、ありがたい」
「しかし、全員が移住するとなると、さぞ大事業でしょう」
「もちろんだ、だが、全員と言っても、手のつけようのない人間は残して行く。そんなのを連れて行くより、文明の成果を全て持っていくほうが重要だからな」
「人道的には気の毒なことですが、非常の場合ですから、それも仕方ないことでしょう」「わかってもらえて、ありがたい」

 銀衣の男は修理を終えたらしく、入口へと戻ってきた。エフ氏は別れの言葉をのべた。
「成功を祈ります。時間旅行をお元気で……。あとどれくらいの時間を、移動なさるのかはしりませんが」
「あと十万年ほどだ」
「十万年とは、わたしたちにとって、夢のような未来だ……」

 いささか呆然となったエフ氏に手を振りながら、銀色の服の男はタイムマシンの中に入った。そして、最後のあいさつを伝えてきた。
「さよなら。しかし、どうも気になる点があるな。あなたは一つ誤解しているようだ。くどくど質問されるとうるさいので黙っていたが、私は未来人ではない。未来でどれいを集め、過去に戻る途中……」

 四角なドアは閉じてしまった。エフ氏は飛びかかろうとしたが、そのまえに楕円形をした銀色のタイムマシンは、たちまちのうちに消えてしまった。

どうでしたか?星新一さんにしては、短編とは言えないような長さです^^

星さんのほとんどの作品に言えることは、最後にどんでん返しを持ってくる所だと思います。
なんど読んでも飽きないのが不思議なくらい、ちゃんと「落ち」ます。

この「輸送中」も、どれいに納得したエフ氏自身が、手のつけようのない堕落した地球人の子孫だということ。過去にはタイムマシンを保持するほどの文明がありながらも現在では廃れてしまった地球、という皮肉なオチが、なんとも言えません。それに気づいて慌てて自分も地球を脱出させてもらおうと飛びついたエフ氏の滑稽な姿♪面白いですね、ほんと。

今までの文章が一気にひっくり返される、そういう文体が 僕はとっても好きです。
もちろん、星新一氏作品文庫は全部読みました、1001編以上だったと思います。

星新一さんの作品は、子供達が中学生になった頃に是非読んで欲しいものばかりです☆