〜はじめに〜 富士山視察(麻雀企画のため)の一部始終を記憶を辿りつつお伝えします。 肉付けして欲しいし、勝手なこと書いてって掲示板にでも。 8月31日とは・・・出発前夜。 今回の参加者は勇者、殿下、でっくん、ヨネ、釈迦の修羅。 ※修羅とは仏語(フランスちゃうで)で戦いを好む悪神なんて意味もある。 まぁようするに富士山は激戦区やったってことです。初日から結論言うてるけど。 1日の午前6時勇者家集合に備えて、ヨネ釈迦は殿下家へ。 ちょうどその頃(?)、勇者とでっくんは香取慎吾扮する忍者ハットリくんが主役の「NIN×NIN」を観劇してたとか、そういうことを登りながら聞かされました。 <殿下宅> ヨネ、釈迦、午前5時まで眠れず。午前6時起床and出発。殿下熟睡。 体力ゲージ(殿下:8 ヨネ:3 釈迦:4 勇者andでっくん:忍忍) 9月1日前半とは・・・富士までのドライブ 殿下ファミリーに見送られて出発、なんの危険も無く草津に到着。 危険があったとすれば、ハマーCDが紛れてたってぐらいで。 集合。なぜか破壊さんが先に降りてくる。しかも1番元気。 腹も減ったしということで持参したバナナ2本を分けて食べるも、破壊さん引きが悪くって腐ってる方を食す。そのまま笑顔で別れた。 いま絶妙なタイミングで地震来たって! 震度4やって・・破壊さん怒ってないよな? 今、19時10分やけど、19時7分頃に来たっぽい。久しぶりに長い地震やった、30秒ぐらい揺れてたな・・・。 鈴鹿も震度4かぁ、みんながこれ読んでくれた時にもこの地震なら覚えてるやろうなー、って勇者カナダやん・・。 よし、気を取り直して書いていこう。いやーイベント盛りだくさんや、まだ旅終わってへんのかなぁこれ。 1号線をひたすら東へ。途中休憩はすべてセブンイレブンやったかな。 でも休憩っていうかトライアスロンやったるわみたいな人も居たけどね。 まぁ5kmも走る前に車には勝てんことを悟って断念してたけど。 餃子の王将の隣にいけすの王将とかいうわけ分からん海鮮料理屋もあったなぁ。 そういえば、セブンイレブンにゴミ箱が2つあって、片方が「もえるごみ」やからもう1個は「もえないごみ」かと思ったら、なぜか「もやせるごみ」やったっていう。 両方燃やせるやん、なんやったんやろあの分類は。滋賀県すごいわ>でっくん 静岡のどっかにドンキホーテあり、そこでヘッドライトやらを仕入れた。 舞の海が訪れて絶賛したというラーメン屋があった。だからどうした。 舞の海なんかより、トルコ料理のカバブを大声で売ってた何人か分からんおっちゃんの方が気になったよな。 エスパルスの都、清水市にはサッカーボールの色に塗ってある貯水タンクが団地の上に乗ってた。その手前に磐田市もあったけど、あっちはなんもなかったなぁ。 そうそう、忘れたらあかんの思い出した。 浜自 勇者がネイキッド系(?)の京都代表として、浜自の教習者を襲った事件。 あれにはトラックの運ちゃんも動揺してた。 でもやっぱり、「おれは大阪人やで、京都ちゃうで」って誤解だけは解いといて欲しかった。浜自びびってたから。トラックの止まる時の音をアカペラってただけでびびってたから。 9月1日後半とは・・・富士周辺〜7合目 湘南を颯爽(さっそう)と駆け抜け、富士市についたのは18時ぐらいやったか。殿下は8時間運転やったっけ、おつかれ。 で、ラーメン屋を探したわけやけど、風風ばっかやし。 しかも風風は漫画ばっかやし。草津以上に壁面漫画だらけやったし。 で、ラーメン屋が見つからんくって、21時にはスバルラインが閉まるっていうのをみんなで心配してたよね。 スバルラインの営業時間について http://fujisen.web.infoseek.co.jp/jikan.htm 確かに営業時間は3時から21時になってるね。 けど、なんで ※ 上り線のゲートは営業終了時間1時間前に閉めてしまいます。 っていう注意書きが目に入らなかったのかなぁ、調べた人。 時間がないとか言って、見た目うさんくさいけど混んでて、「無理っ」って言われたラーメン屋に入ろうとしてた俺らって、もっと急いどくべきやってんで? でもラーメンまさごには行けてよかった、88点。ステーキもうまいからね。 まねき豚とか謎のグッズ売ってたし。でも時間的にくつろげへんかった。 そして、上九一色村へ・・・。 スモーク!ガス!なんか視界悪くなってきて、おまけに雨も降ったりやんだり。 そんな時に見えた標識が「山梨県 上九一色村」やもんな。 テンション上がるってそれは。実はみんな黙って天候にひいてたけど、若干。 でもやっぱ、テンション上げれるだけ上げといた方がよかったって・・。 本日の営業は終了しました 「日本の営業は終了しました??」 これやから、これやからちゃんと調べとけ言うねん! まだ20時13分やん、なんでなん? 20時までなんか、そうですか、入れるんですよね? 入れたのはかなり嬉しかった。けど、下山してる時は、あの時に「入れません」って言われてた方がどれだけよかったやろうかと涙した。 スバルライン入場、20時13分。 ちょうどその頃、 浅間山噴火。(正確には午後8時2分ごろ、霧の中。) よかった、富士山の火山活動が営業終了してて。(>_<) そやから5合目でゆっくり麻雀できたんやろ俺ら? そやけど、スバルラインの白いオーロラはきれいやったなぁ☆☆☆ さっきまでの霧とか雨が嘘のように星空が広がって、右手には果てしない斜面が見えて、先にはオーロラ。 月も満月に近いし明るいし。あれはきれいやった。 けど、上り坂か下り坂か、おれらの目は既にこの2合目ぐらいから狂い始めてたんやね・・・。 誰か忘れたけど死兆星が見えるって喜んでる奴もいたし。 きっと上九一色村のどっかでおかしくなってたんやと思う。 First Step 1合目 1405メートル こういう看板は盛り上がったなー。 ![]() で、とりあえず麻雀台らしきものを探してたら、馬に乗るときに使う(下山してから分かった)踏み台を2つくっつけると、ちょうどの大きさやってんな。 けど平らやないとできひんっちゅうことで、自動販売機の前で。 麻雀の写真撮るん忘れたわー、ムービーしかないわ。 ってなわけで、どこでやってるか分からんやんっていう話。 そして、歩き出したはいいが、登り始めて数分で怪我人が出るとはね。 っていうか、まだ下りやったし登り初めてへんのかな? 立小便をしながら歩いたせいで、地面の不自然な割れ目に足をすくわれ転倒。右手に小石による打撲とかすり傷。恥ずかしかった。 しかも携帯酸素を5合目に置き忘れるし。 まぁリーダー(でっくん)は俺に耳打ちしてくれてたから知ってたけど。 結局7合目まで騙しとおしてたっけ?とりあえずさすがリーダーやったな。 もう1つ、さすがリーダーってのがあった。 岩場登ってたら、なんか背中から「ブチッ」っていう音が聞こえて、振り向いたらでっくんが居た。 なんやろと思ったら、リュックのベルトが切れてた。ここに来て片がけリュックでは重さに耐えられん! まぁ2リットル水を交代制で持った直後の出来事で、またみんなに持ってもらって助かりました。 リーダーは、ベルトを結んでくれて、また元通り使えるようにしてくれた。 格好よかったぜ!リーダー!! ![]() 7合目花小屋にて 俺のわき腹にかすかに写ってる麻雀マット、無視しないでね、無駄やったけど。 ここまでは長谷川京子とかの浜口京子とかの活躍もあって、特に勇者は元気やってんけどなー。 でっくんも終盤は突っ込み減ってったからなぁ、疲れてたんやろうな。 ってか、風がどんどん不自然になってきて。おまけにプチ高山病みたいな症状を訴えだす人まで出てくる始末。 8合目からヨネ切り離し!?っていう場面もあったし。 まぁなんとか根性で、ほんま根性で登ったなぁ。 もぅここは真面目に書くしかないわ。本気で頑張ってた、行列のみんなも。 どこの中学やったっけ、草津の学校。あそこの陸上部も頑張ってた。 9月2日とは・・・登山より下山 8合目からはほんま書くことないわ。 ずっと足元の砂利と岩場を見つめながら、ひたすら体力と相談しながら登り、たまーに上を見て、小石が飛んできて「痛っ」とか言いながら「うわー、頂上まだまだ上やー」と、人の行列を見つめる。そんな時間が何時間続いたんやろうか。 おれはあの時間を忘れへん。体力と精神力の両側に限界を感じながらも、8合目から起床して飛び出してきた元気な行列と戦わなあかんあの気持ち。 台風以上の何かが富士山にまとわりついてたあの気持ち。 あの風はなんだったのか。 時速90キロはあろうかという風。そして小石の嵐。 ここに居ても駄目だ。下山しよう! リーダーが言った。 そして、勇敢にもあの下山道へと踏み出して行ったんだ。 いや、下山道なんかじゃない。あれは崖っぷち。 リーダーぁぁあ!? 5人の1番後ろに居た俺は、小石に痛む目をしっかりと開けて、下山道へと吸い込まれていくリーダーの大きなリュックを、確かに見たんだ。 リーダーはでかかった。それだけがとりえだった。 だが、富士山はもっとでかかった。リーダー<富士山。信じがたい瞬間だった。 他の3人は山すそへと続く下山道にへばりついてじっとしていた。 それが、最後尾で岩にしがみつきながら見た、仲間たちの最後の後姿。 ありがとう。おれは君達のことを忘れない。 日本で1番高いところから、天に手を伸ばしてしまった欲張りな君達。 認めてやるぜ!お前達が日本で1番でかかったってな!安心して天に帰れ! こうして私(釈迦)の夏は終わった。 失ったものは何も無い。あの時間は今でも僕の心に生き続けている。 fin で、まぁ信じられんぐらいの時間をかけて下山したつもりが、4時間ぐらいで降りてたみたいで、5合目に着いたらまだ9時過ぎやった。 靴の裏はゴムが剥げて、エアーが入ってた部分まで穴が開いててスカスカになってしもた。やっぱ富士山登るなら靴は捨てる気やないとな。 山頂では全く思いつく隙も無かったけど、下山したらやっぱ腹が減ってて、カップラーメンを食うことになった。 けど、ライターの火がつかん。5合目やのに。We need 酸素。 そういえば、7合目で一服しようとした勇者は、ライターの火がつかんためにタバコを断念してたが、5合目で無理やったらそらつかんやろ。 7合目でぷかぷか吸ってたおっちゃんは、きっと山小屋のガスコンロかなんかを使ったんやなぁ。ほんま山火事ってないんちゃうかっていうぐらい火がつかんなぁ。 でも結局火花でガスバーナーが点火。ヨネは車内で寝てたが、みんなでラーメンをすする。まぁ誰一人として箸を持ってきてへんかったんがウケた。どうやって食うつもりやったんやろ。食いたいっていう気持ちが先行しすぎたな♪ 温泉目指して出発! でも眠すぎて寝さしてもらいました。 目覚めたらモスバーガーでした。 でも、看板には「モスバーガーとラーメンが一緒に食べられるお店」って書いてあって、もぅラーメンは食えんって思った。 なんちゃら風呂では最高の眠りについた。 風呂なんかより寝れたのが良かったなぁ。 でも、頭、耳、鼻に入ってる小石とか砂利を取り除けたし最高やったね。 そうそう、風呂の前に、勇者はカナダへの土産に富士山を撮ろうとしてたはず。でも双子山かなんか、どこにでもある山を撮ってたっぽいけど。どうなるんやろ、あの写真。 腹が減ったのはいいけど、昨日のラーメン屋まさごの隣のかつ政になるとは。 でも値段の分だけサービスが行き届いてる。あほみたいにごはんのお替りを繰り返す殿下にも対応するし、あほみたいにきゃべつをお替り(今回は小食)するでっくんにも優しいし。 ここで見た静岡新聞に浅間山のことが書かれてた。1面やなかったけど。 そんなわけで店が閉まる10時前にこの富士山麗を離れることになった。 9月3日とは・・・帰れないリーダー 帰り道は平等に車の運転を交代した。 3時間ずつの予定が、2時間ずつで済んだよな。下道早いわ。 でもコンビニから運転代わったでっくんが、コンビニを出れないみたいになった時には、本気で「そろそろ勇者に交代やろ」って思った。 静岡行きの1号線に乗るために左折する時だって、「左だよな左」とか言いながら右折しようとするし。 あの時は、このまま運転させてたら俺ら浅間山に着れてかれる!って焦った。 でっくんが運転終了したコンビニに浜松版のホットペッパーがあった。 けど、めちゃめちゃ薄いから。京都の3分の1ぐらいの厚さしかないから。 浜松ってそんなもんか、って思ってしまった。だって浜自やもんな。 で、次の運転手の勇者は勇者で、TSマークのトラックにずっとついて行くし。 最高速110キロ+見切り発車の彼によく付いてった、休憩するとこまで付いてってたからな。100キロぐらい追いかけて何してたんやろう。裸にならんかっただけましや。 もぅヨネは琵琶湖でトライアスロン完遂とかいう次元やなかったからね。 普通に寝てたし。ハマーCDがどうこうって言って寝てたし。 まぁそんなわけで、帰ってきました。(かなり省略) でも、でっくんが鍵が無いとか言い出して。 リーダーしっかりしてよってな感じやったで。 まぁ車の中からヨネが見つけたから良かったものの、「ごめん、見つからんし殿下たち先帰って」なんて言ってたら大惨事やったででっくん。 カナダ行きの勇者とも別れてすべてが終わった。 ほんま、富士山からの帰りはすべて下り道やった気がする。 京都は盆地らしいけど、所詮、富士山の山すそにいるんやなぁって。 それぐらいあそこは凄まじい場所やって。おもろかった、行ってよかった! 以上、視察終了。 余談ですが、これ作るの4時間近くかかってるんで。下山並みやで。 でも、山登りよりも楽やなぁって痛感してます。でも微妙にしんどい。 |