釈迦shaka、高校生時代。
今高校3年生ですが、やはり常に死と隣り合わせですね。
研修旅行でオーストラリアに3週間ホームステイに行った時のお話
旅行2日目にして、夜道に迷った。さてこの状況、おそらく文章では
伝わらないでしょう、本当の怖さが。
・2日目なので、ホームステイ先の周りの景色をかすかにしか覚
えていない。しかも電灯少ないから真っ暗
・まだ家の住所と
電話番号を聞いていない
・先生方との連絡先も不明・日本ほど交通
は発達しておらず、8時以降のバスは一時間に一本ぐらい。
・暗くなったら寝る、ような生活なので、人通りが少なすぎて寂しい
など、知らぬ場所で完全に迷ったらどんなけ悲しくて、不安になるか
は経験せんと分かってたまるか!
これは大げさではなく、まじで、奇跡的な出来事。人生最初のヒッチ
ハイクは、異国オーストラリアで、しかも Not日本語。
泣きそうになりながら、車道の真ん中で手をふり、何台か止まってくれ
たが、3台目のスティーブン・ウィリアムズさんが、
住所も分からぬ俺を、車で辺りを回ってやると言うのだ。30分ぐらい
走ってもらって、もうそろそろ悪いので
降りようと言おうと
思って、英語を考えていたら、たまたま、家の前を通って、叫んで、
助かった。
いつまでも命の恩人
「スティーブン・ウィリアムズ」ありがとう。
ところが、期待通り、この旅行はこれだけでは、終わらなかった・・・
迷子なんて忘れかけていた日々、日曜は授業も無いし、壮大な大地
へ繰り出そう!
お〜すげぇ岸壁!シドニーの町並みが、向こうの
陸地に見える。
3人で行った、ノースヘッド。崖の下は海と岩浜。
降りるかどうか、3人で迷う・・・
と、次の瞬間 shakaの身に、信じられない 不幸が!?(図崖)
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私はあの時の、残る2人の友達の行動に多少の疑問を感じている。
確かに、俺を引っ張り上げてくれたから、今の俺が居る訳や、ありが
とう。だが、
「図崖」から判かるように、少なくともあいつらは
の内の一人は、焦る俺を写真に納めていた。
その間、現実時間では
10秒以内に助けたと証言しているが、明らかに写真を撮る余裕など
無い!
一体どっちが罪人で、どっちが恩人なのか。21世紀の科学者達に
解決を託したいと思う←写真一枚からね^^
どちらにせよ、三途川横断率90%以上×60%=
54%以上(±2%)という
過酷なオーストラリアでの生活は
俺の人生にとって、天文学的意味
を持つ時間やったとつくづく思う。I love Australia!
いざ卒業式!
三月十二日、俺達は卒業した
3−9の残像
↑ 覚えてるんかなぁみんな、両方とも覚えてたら偉い ↑