私が参拝してきた良福寺というお寺は、そう、まさに尊師と呼ぶべき高校時代の国語の先生のお家。私が先生のファンになったのは高校3年生の時、担任を受け持ってもらってからのことだ。 それまでは友達Yから噂を聞くだけに過ぎなかったが、それでもちょっとした興味はあった。まさか3年になって当たるとは・・・それもこれも寺島さんのおかげとしか言い様が無い。 ともかく私が訪れた場所は、お寺と自宅が一体化したひょうきんなもの。6、7年前に京都府にお寺の移転を申し込まれ(おそらく道路整備のため)立て替えたとのこと。田んぼの中の家なので、家の前までの道路を京都府が作ってくれたらしい。だからお寺もお家も見た目綺麗やし、中身も綺麗。おまけに住んでいる家族の心はぴっかぴか。11時に訪れて2時間半ほどの訪問であったが、なんとも心が洗われて身が軽くなった。世の中には「悪い福」も存在するのだろうが、ここはまさしく「良い福」の泉であることを確信した。みなさんにも是非訪れて欲しいと思う。場所は文末に記載することにします。 お参りと言っても要は尊師との再会なのだから緊張しないわけがない。実は昨日6日も訪れていて、その時は尊師の母だけがご在宅であった。住所だけを頼りにたどり着いた私は、電話番号だけを聞いて笑顔で去った。尊師は北陸の方へお参りとのこと。 翌朝、つまり7日であるが、さっそく尊師が電話を下さった。確か今日は一日あいているから来い!という内容だったと思う。14時から授業を控えていたので12時過ぎには帰るつもりで11時過ぎに訪れた。 半年ほど自然な生活を送っていた尊師は、随分と若返っているように見えたが、それは下駄を履いて半袖・半ズボンの恰好が夏の余韻を見せつけていたせいかとも思う。 まずはお寺の本堂?に通していただいた。近年塗り替えたらしく、装飾品がとても綺麗に座っていた。ここには賽銭箱がないらしい。代わりにしゃれた和風の木箱が置いてあって、その中に10円玉が1枚入っていた、寂しい。 その次に応接間らしい部屋に通してもらった。そこで食事を含めて一時間ちょっと居たことになる。尊師はその部屋を「つかの間」と名付けていた。どうやら「束の間の出来事」のつかのまとカケているらしいが説明はなかった、恥ずかしかったのだろうか。 尊師はその他の部屋にも名前を付けていた。まだ来客の誰も通したことが無いという生活の空間「2階」を見せていただいた。そこは皆がくつろぐ居間、通称「黄金の間」。いたって普通の場所に黄金の間と名付ける心境を考えると思わず笑ってしまう。とにもかくにも俺は黄金の間に通していただいたのだ、ありがたい。 その他の部屋の名前は残念ながら聞くことができなかったが、帰り際に家の前でススキやコスモスを取りながら雑談したが、家の前の道は「プラムロード」というらしい。プラムってさくらんぼでしたっけ?ときいたら、「いやぁ、桃やろなぁ、知らんなぁ」と返って来た。おいおい!と思ったがそれよりもさすがという方が強かった。 まぁそんなこんなで、「つかの間」で会話している間に尊師のご両親、奥様、長女さんに会うことができた。後は長男のタッくんと次女のマッコちゃんだけか。再会を誓って気持ちよく別れた。車が見えなくなるまで恥ずかしそうに手を振ってくれていた。その時の実に楽しそうな顔がまた、ほんとに来てよかったと思わせてくださった。 余談ですが、もちろん2時の授業は間に合わなかったので欠席。実はその授業は来週も欠席することが決まっている(田楽の本番前練習)ので少し迷ったが、尊師のお父さんが飯を買ってきてくださったのだから甘えないわけにもいかない。その時に判断を誤って帰らなかった自分が偉かった。決心をうながした言葉は尊師の「こいつは勉強家やからなぁ、帰らせたり」という一言だった。従ってたまるか!!みたいな♪ そういえば本堂で謎のろうそくをいただいた。大切に保管することにしようと思う。(結局2週間ぐらいしかできないかったけど・・・) そのうち旅にでも行きたいですな ![]() |