飲みかけのワイン
- 連続日記小説第2弾 -



「飲みかけのワイン」第1話

私はとある派遣会社に所属していて、家の掃除や料理などを住み込みで行うという家政婦のような仕事だ。

ある日、上司から1年契約が決まったからと言われ、1人暮らしの男性宅を訪れた。
まだ顔に幼さの残る家の主は、
「はじめまして、○○です。君の事はなんて呼べばいいんだろう」。
と言ってにっこり笑った。
私はお好きなようにと答えてから脱いだ靴を揃えた。 つづく


「飲みかけのワイン」第2話

自宅がオフィスの現代では、生活に必要なものは全て「外の住人が」運んでくれるおかげで僕達「内の住人」は外へ一歩も出ることなく一生を終えることができる。
過去にはオフィスと自宅が分離していた時代があったらしいが、僕からすればその頃の人々はみな肉体労働者のようなものだ。
それにしても、一人暮らしとは退屈で寂しいもので、最近流行っているそうだが僕も外から共同生活者を雇ってみることにした。

約束の時間通りに現れた女の目はガラス玉のように輝いていた。
簡単な挨拶をしてから彼女のことをなんと呼べばいいのか聞いたのだが、お好きなようにと言われてちょっと困った。
3話につづく


「飲みかけのワイン」第3話

今回の契約はぴったり365日だそうだ。なぜだか知らないけれど、私の会社では契約の延長は固く禁止されている。
ときどき契約破棄されることもあると上司は言っていたが、私はそうはなりたくないのでいつも精一杯だ。それに、ご主人は甘いものがお好きなので、私は趣味であるお菓子作りを楽しませてもらっている。
例えば彼はどらやきが大好物なのだけど、作るのがとっても上手いから教えてもらったことがあった。彼は私のことにとても理解があり、この職場には満足している。
4話につづく


「飲みかけのワイン」第4話

彼女の働きっぷりにはほんと感心している。話し相手にも困らないし今までの退屈だった生活がうその様だ。
一人暮らしには慣れていたし、家事もそれなりにこだわってやってきたのだけれど、どうやら彼女は僕の好みというかやり方を早くも全部分かっちゃったのではないかと思う。例えば、ブリーフのたたみ方は3つ折りとかそんな程度のものだがなんでも覚えがいい。
僕はどらやきが好きで自分で作ったりもするのだけれど、もはや彼女の作るどらやきの方が美味しいのではないかとさえ思っているぐらいだ。
5話につづく


「飲みかけのワイン」第5話

彼の腕はごつごつしていて、それでいて肌はつるつるしていた。
昨晩、彼とソファーでとなりのトトロを鑑賞していた時のことだ。不意に彼の腕が私の腰に巻かれてきてびっくりした。もともと硬い体なのにこの時ばかりは体中が硬直してしまって、頭も熱くなって思うように喋れなくなってしまった。
彼が何を喋っていたのかもあまり覚えていないけれどそれはとても楽しい時間だった。そういえば迷子になったメイちゃんは見つかったのだろうか。また観なきゃ。
6話につづく


「飲みかけのワイン」第6話

彼女との付き合いももうちょっとで1年になろうとしている。
1年を過ぎてしまうと彼女は外へ帰ってゆくのだろう。そのことを考えるととてつもなく寂しくなる。
子どもの頃、母に読んでもらっていた本に、大人になったら月へ帰ってしまうお姫様の話があった。彼女はどこへ帰るのだろう、僕には外へ出る勇気はないけれど。
できることならこのまま一生彼女と過ごしたいと言うのに。時が経つのをただ黙って見守るしかない毎日が歯がゆい。
7話につづく


「飲みかけのワイン」第7話

彼と出会ってちょうど1年目の夜。私達はゆったりとソファーに腰掛けワインを楽しんでいた。
幸せってこんなことなのかしらと思いを巡らせながら私は彼の言葉に相槌を打っていた。
私は今夜中にこの家を立ち去らなければならない。それは良く分かっていた。1年前から決まっていたことだし、それが私の最後の仕事なのだから。
でもそのことを切り出すことができず、あっという間に明日が来ようとしていた。
8話につづく

(※すんませんがお話を延長します。クリスマス完結にしよかなー。)


「飲みかけのワイン」第8話

僕は喋り続けた。彼女が外へ帰ると言い出せないように、ただひたすら何でもいいから話が尽きないように、口からでまかせに。
この1年間、彼女が居てくれたおかげでとても楽しかったし、毎日が充実していたんだと思う。あっという間に過ぎ去ってしまったこの1年。

彼女はどう思っているのだろう。やはり外へ帰りたいのだろうか。いや、例えそうだとしてもそれは契約のせいじゃないか。僕は彼女にずっと居て欲しい。彼女もきっとここに居たいはずなんだ。

あぁ、この日のために用意した鮮やかに色づくワインも、彼女が作ってくれたどらやきでさえも、もはや喉を通らない。
そろそろ…だろうな。僕は話をやめ、じっと彼女を見つめた。ありがとうとさようならの気持ちを込めて。
9話につづく
(実は手書きの原稿を無くしてしまい、打ちながら考えてます。)


「飲みかけのワイン」第9話

文字盤の上で大きな針と小さな針が重なっていた。
ソファーで静かに抱き合う2人は動こうとしなかった。そのまま時間だけが過ぎていった。

数分して玄関から2人の研究者が現れた。
「教授、まだあのままですよあの2人」
「当たり前だろ、止めたんだから。さっさと回収して帰るぞ」
2人はてきぱきと部屋を片付けていった。

全く手のつけられていないどらやきを処理しながら部下が、
「しっかし1年は長すぎましたか。こいつら契約を平気で破りましたからねぇ」
「そういう問題じゃないだろう。例えどんな環境を与えられていようとも、与えられた命令に従わなかった彼らを現状では商品化することはできない。それだけのことだ」
「まぁ彼らの気持ちも分からないでもないですからねぇ」
「あぁ……よし、じゃあ帰るか。腹減ったろう?飯でも行くか」
「いいっすねー。僕は、そうですねぇ、ラーメンか回転寿司っすかね〜」
「おっ、ラーメンか、それに決まりだな♪」

笑い声と共に2人が去ると、部屋は再び静寂に包まれた。
洗浄された2対のグラスは、ガソリンの香りをまだかすかに放っていた。

おわり



あとがき

えー、今17時なんですが、そろそろ出発して九州に行きます。
福岡長崎佐賀大分宮崎鹿児島熊本の順に巡って来ようと思います。
その前に三国志大戦を2週間ぶりに解禁したいです。ハーツクライおめでとう!

ロボットの2人にはあえて名前をつけませんでした。名前から来る先入観を排除したかったのと、名前をつけると登場人物のモデルがばれてしまう恐れがありました。(一部にはばらしましたが、ウイスキーボトルからエネルギーを摂取していた人造人間15号
また機会があれば楽しい小説を書きたいですね。長編は書けないというか、何年もかかってしまうから事実上無理ですが。今まで読んでくれてありがとうございました。



2度目は俺好みのロボット作品でした

05年12月10日〜25日まで全9話で連載