いま、会いにゆきます
〜幸せは歩いてこない、走ってくるんだYO!〜


2005年1月2日、23時45分。
スクリーンの中の竹内結子さんに会いに行ってきた。

1人で映画を観に行ったのは、ひょっとしてこれが初めてか!?思い出せへん。


映画ってものは偶然テレビをつけてやってるものを見ればいいと長年思ってたけど、感動とかはある程度情報に左右されるものやしできれば出来立てがいい。


愛感動系では黄泉がえりを超える作品はまずないやろうと思っていたこの1年。

うわ、ちょうど1年前に黄泉がえりを観てたとは。公開初日に観てたってのも意外。

竹内さんは今回も死んでる役を演じてはる。「死んでるけどちょっとだけ帰って来る系」の女王やろうな。かなり築き上げた。



題名、「いま、会いにゆきます。」が、死んだ澪(みお=竹内結子)が夫と子どもに会いに行くっていう意味やと思ってる人は多いことでしょうね。

もちろんそれもあるんやが、それだけやないってのがまぁ当然ながら深い映画に仕立て上げていくわけで。



感動度はものすご高かった。
映画が始まってから表題が出るまでの前置き数分の間に、もう涙が溢れてたぐらいやから。

まぁそもそも、独りで深夜に行こうとするほど無性に観たくなってるぐらいやから、ちょっとのことで大げさに感動できたってのはあるな。


それから感動の中でも、悲しいっていうのが一番大きかったと思う。

何が悲しいって、いま誰も好きな人が居らんってことやと思う。

まぁそもそもここ10日ほどで会った人はと言えば、その気になれば爆弾を腹に巻いて特攻するような野郎共ばかりで、微塵にも安らぎを感じるような1日は存在しなかったから。


そういった緊張状態で生きているせいで、幸せとは何かをまざまざと見せつけられ、悲しいというかむしろ悔しいという涙が出ていたとも考えられるな。



俺らの年代は、就職に対する意識がだんだん高まってきているみたいやが、この映画の影響を受けたせいか、仕事なんか悩むほどのことではないと悟った。


俺にとっての幸せってのはそんなものから引っ張ってこれるわけやない。

今の俺は、自己実現という最終目標的な欲求よりも、心理学者マズローの言う欲求階層において底辺に存在している、安全や愛といったものを求めている気がする。


だから、映画を観てる最中に、今すぐに会いに行きたい人を思い浮かべたものの、結局見つからへんかったという悲しい事態に陥ってしまった。その瞬間、今の俺は1人やと感じた。男友達では補えへん何かがその辺に存在してる。



そもそも俺の行動規範は、人との関わりをできるだけ狭め、できれば断つという方向を示しているような気さえする。

年賀状にしても出さんでもさほど気にならんし、メールも返さんし、名刺交換にも違和感を感じる。飲み会なんかで別に肌の付き合いなんかしたくないし、電話がかかってくることがうっとうしいと感じる時もある。


一方で、お互いの領域が侵害されへん程度の付き合いは、より積極的に関係を作っていこうとしているとも思う。旅先では必ず話しかけるし、初対面の人とその場限りの話をするのは好んでする。いや、こういう分析は自分では正確にはできひんのやとは思う。



とにかく、昔は理解できひんかった「○○○のファン」って言うてる人らの気持ちも今では理解できる気がする。俺はたぶん竹内結子さんのファンや。黒木瞳を超えた感がある。


例え一時的な感情にせよ、これからの5年間を、彼女と結婚する為のシナリオ生活にしてもいいと思った。まずは芸能マネージャー系を目指すとか色々選択肢はあるが、どれも幸せへの序曲と思えば苦にならん。その日暮らし上等派の俺にとって、長期目標にここまで達成意欲を感じるたんは珍しいとさえ思う。


映画の役者って、そこまで感情移入される生き物。これはかなり怖いことや。

俺は絶対なりたくないわ、色眼鏡で世間に知れ渡ってしまう商売なんか。




少なくとも、黄泉がえりの時の葵役や、今回の澪役を演じている竹内さんは、俺の理想の女性像に近いと思う。特に今回のは上出来としかいいようがなかった。


おそらく、

・子どもや夫への愛情を1番の生き甲斐にしているところ
・気が弱いが情は熱く、助け合うことができそうなところ
・付き合うものを癒す、まるい感情表現やゆったりした暖みのある口調
・その他、容姿や先入観などプラス要因

ぐらいが、判断基準の上位になってると思った。


というか理想なんてもんは、ほとんどが直感やと思うから論理的に考えてもしかたがない。


とにかく、プライスレスとはこのことか、という内容の映画やったと締めくくる。



まぁこの映画に頑張って欠点をつけるとすれば、やはり主題歌。

歌詞はなかなか話に沿ってるし、訴えかけるものも大いにあるんやが、オレンジレンジとはなんぞや?

かつて無いほどの涙と鼻水をティッシュで吹きとりながら、最後の最後でこの曲だけはミスったなー、と思って劇場を後にした。


スタッフロールの最中にも物語を写真で進行させてるから、文字通り最後の最後まで楽しませてくれた素晴らしい映画やった。公開から2ヶ月も放ったらかしやったのがあほみたい。


思い出部屋までタイムスリップ

05年1月3日