※以下の文は、釈迦部個人が推測で語っているに過ぎません。ですから、文中に登場する数値や学説は、決して現代の科学的根拠の上に語られた正確なものではないということに注意してください。 あくまでも「素人のもの申す」だということです。 みなさんはガイア(GAIA)というものをご存知だろうか。 地球を自立的な1つの有機体としてとらえる考え方(EXCEED英和辞典)です。 簡単に言うと、地球は生きている、ということだと思います。ヒト(人や人間との違いについては触れませんが)に住む細菌や微生物が居るように、地球にはヒトを含めた動植物が住んでいます。 もちろん、地球が1番大きな生命体であり、全てはその中で生かされていることになります。 また、ガイアとはギリシャ神話に出てくる大地の女神でもあります。 とにかくガイアは私たちの創造主(?)のような途方もない巨大な存在だと考えたいと思います。ガイアという考え方の発端を探ってみましょう。 そもそもガイア説とはジェームズ・ラブロックさんの構想です。 地球の環境は、数々の偶然としか言いようの無い好条件によって保たれています。 例えば、海水の塩分濃度の理論値が35%であるにも関わらず、現在の3.5%という約10分の1の濃度になっているということは非常に不思議なことです。塩分濃度が5%を超えるとほとんどの生物が海での生存が難しくなり、10%に達すると生物の生存は不可能であるとされています。塩分濃度が現在の値におさまっている原因が、ヒトが汗によって体温調節をしているのと同じように、ガイアという地球生命体のなんらかの生理活動だと捉えることもガイアの存在を確認することになります。 また、地球全体の平均気温がここ数万年(数千年、数億年かも知れません)にわたって10度から15度の間(おそらく)に保たれているわけも、地球が生きているという説明がふさわしいということです。 他にも地球上の大気の酸素量がここ数十億年に渡って今の濃度に保たれていることも、偶然中の偶然だということです。酸素濃度はこれ以上高くても低くてもヒトを始めとするほとんどの生物の生存が困難になります。 簡単ですが、以上のようなことから私たち人間が考えることは大きく2つに分かれるのではないでしょうか。 1つは、いくらヒトというちっぽけな存在が地球という生命体の中で騒いだところで、地球の環境を崩すほどの力にはなりえないという楽観的な考え方です。 もう1つは、いくら地球が自己管理を行っているとはいえ、ヒトが自らの細胞(癌細胞)の裏切り(?)によって死ぬことを考えると、地球もヒトによって蘇生不可能な状態に陥る可能性があるという考え方です。大気・海・土壌などの汚染が、生きている地球を傷つける行為であるということは言うまでもありません。 どちらの考えにせよ、生きているものは協力関係にあります。 生産・消費・分解という大きな循環の中で、ガイアの中で、大きな循環は何十億年もずっと続いてきたのです。循環とはお互いの協力なしには成立しません。 生態系のバランスが崩れ、ヒトがガイアに勝ってしまう可能性は否定できません。今の私たちに何ができるのかは分かりませんが、特に日本という世界の中でもガイア撲滅に精力的な国の私たちは、ゴミの分別だけでもなんでも身近なことを続けなければならないのだと再確認しました。 最後に釈迦部が尊敬する星新一さんの「輸送中」という大好きな作品を紹介しておきます。これは、地球人文明の堕落を題材にしたものです。 星さんは、社会現象への自分の考えを自身の短編小説に込めて世に問うていた、風刺SF小説作家です。 他にも「おーいでてこい」というゴミ問題に対する作品が私の中学時代の英語の教科書(NewHorizon)に載っていました。英語名は確かCan anyone hear me?だったと思います。興味がある方は私の家に星さんの作品がたくさんありますのでお貸しします。 @それにしても、地球が生きているなんて面白い話ですね@ |